帰国

ブロガーの私も無事サンフランシスコの自宅へ戻りました。

「寝るために飲むぞ!」と離陸前のシャンパンから始り、白ワイン、赤ワイン、デザートワインとがんがんゆく隣のお兄さんにつられて私もかなり飲んだせいか、市川海老蔵主演の「利休に尋ねよ」の最後までいかないうちに寝てしまい、あっという間にサンフランシスコへ到着。入国審査では「10日でフランス、ベルギー、イタリア、イギリス?ずいぶんたくさん回ったね」と担当官に呆れられたけど、ホントだよな。自分ひとりの旅だったらあんなに猛烈な勢いであちこち回るってことはなかったろうな。でも一人では絶対に行けないワイナリーや子規の句碑のレストランも回れたし、楽しかったでする。

編集室から依頼された「ほぼリアルタイムでヨーロッパの様子を写真を添えて伝えよ」という任務も何とか果たせてほっとしてます。ヨーロッパ便は夕方着なので、そろそろ暗くなってきたからお風呂に入って早寝しちゃおうかな!(笑)

(青柳 飛)  1・31・2014   サンフランシスコより

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番外編 その2   ヨーロッパ裏話

058今回の副団長の洋さんから「全員無事に成田へ到着」と携帯メール。ふざけた写真とかも載せてしまったけれど、洋さんは頼れる副団長として大活躍。事務局として参加した国際俳句協会の藤本はなさんも色々大変だったろうとは思うけれど、ヨーロッパの人々との親睦も高めることが出来て、本当に有意義な旅だったと思う。

旅をしていれば色々なことはある。以下、私のMama Mia! モーメントをシェア。

063Haikuワインのオーナーのお・も・て・な・しの素晴らしさで当初の予定よりフィレンツェのホテル到着が遅れ、チェックインを済ませたらすでに11時半を回っていた。ツアーとは別に現地参加で部屋を予約した私のルームナンバーは185。エレベーターの1というボタンを押したのだが、止まってドアが開いたら扉がなくて立ち入り禁止の大きなバッテン。そういえば受付のお兄さんがメインのエレベーターを降りたら左の方に歩いていって別のエレベーターに乗れ、と言ってたな、と一度ロビー階に戻って仕切り直し。今「1階は改装中で貴方の部屋は別館だから2階の奥のエレベーターを使うように」と言われ(じゃあ、最初からそう言えよ!と思ったが)2階で降りる。たまたま一緒に乗り合わせた5階へ行くつもりだったらしいポーランド人のお兄さんがスーツケースを運んでくれて一緒に廊下を東に西にと歩き回ったがそれらしいエレベーターはなし。もう一度レセプションに戻ったらローマから添乗員として同行してくださっていた小貫さんがいらしたのでポーランドのお兄さんには「仲間があそこにいるから後は大丈夫」と言ったもののパニック気味。「私も別館らしいから一緒に行きましょう」と行ってくださり、もう一度2階へ。今度はエレベーターが見つかったが1を押しても動かない。「階段で降りてみてきますね」と下へ降りていった小貫さんが「185なんていう部屋はありませんね」と恐ろしい発見。ここでさすがの青柳飛も大パニック。イタリア語ぺらぺらの小貫さんがマネージャーを連れてきて部屋まで連れてってくれと交渉してくださる。2階でなく3階まであがり、これでもかというほど廊下を歩いたら、確かにエレベーターがあるし、ちゃんと作動する。団体客でいっぱいだったので個人予約の私にはスイートルームを提供した、とか言ってくれたけれど、ホテルに着いてから部屋まで大パニックに陥りながら30分歩き回ったのは初めてで、次にフィレンツェに行くのはいつだかわからないが、もうあのホテルには絶対に泊らないぞ!と思った。

0752回目のイタリアママ・ミーア!モーメントはフィレンツェから子規の句碑のあるレストランへ向かう途中のサービスエリアでの出来事。トイレから戻ってきたらバスの隣にトラックが停まっていておじさんが二人しゃべっている。ローマに着いた日にタクシーのお兄ちゃんから「寒い」というイタリア語はスペイン語のフリーオに良く似たフリードだと教わっていたので「ムイ・フリード!」と走っていって「ドア開けてよ」とお願いしたら、な・ん・と私が話しかけたのは我等の運転手さんではなくトラックの運転手さん。「バスの運転手は珈琲を飲みにサービスエリアに入っていったからすぐに戻るよ」と言われ大赤面。バスの運転手さんもトラックのオジサンもややでっぷり、やや頭の毛がさみしい感じだったので、しっかり間違えた!いきなり走ってきて「寒いよ。ドアを開けてよ」と懇願したアジア人にオジサンはびっくりしたろうな。スペイン語がやや解るからイタリア語もそれなりに理解できるみたいと威張っていたのにこの失敗。代表団の皆さんに大笑いされた。

ミラノからロンドンに飛んでイギリスの俳人たちと楽しい1日を過ごした私も今日サンフランシスコへ帰国しまぁす!

(青柳 飛) 1/31/2014  ロンドン ヒースロー空港のラウンジにて

番外編  その1   ミラノ

048朝早くにミラノを発った代表団でミラノに来たことがない方もあるでしょうから、ミラノの写真を少し、番外編としてのせてみます。

本日のミラノの気温は3度だそうですが、摂氏の気温表示と本格的な冬に慣れていない私は、002帽子、マフラー、オーバーの下にさらにユニクロのダウンジャケットを着込む着膨れでぶらぶら。

ホテルの近くのメトロに乗って中心街に行き、観光バスがたくさん停まっている辺りを目指したのは良いのですが、方向音痴のために、Castello Sforzesco  Duomoの方に歩きだそうとしたのですが、つい逆方向へ。

030

遠くに見えるArco de la paceの写真を撮っていたらアフリカ人ぽいおじさんにサムソンのスマホを渡され「録画したいから僕の動きを追ってくれ」と15秒ほど映画技師!?になる。005

なんとか軌道修正したら雨がぱらぱらちらついて来る。今回のツアーでは昼間からワインやビールを飲む機会も多いせいか、11時過ぎたらなんだかビールが飲みたくなってきた。

050目指す広場に到着した時は昨日無事にレストランの門を大型バスで通り抜けてバンザイ!と叫んだドライバーさんの気分になる。 048

冬の雨模様の平日でも広場にはたくさんの人。遠足みたいなイタリア人小学生もたくさん。イタリア最後のスパゲティーとイタリアビールでランチを楽しみ、再びメトロに乗ってホテルへ戻る。

預けておいた荷物をピックアップして「リナート空港までのタクシーを呼んでくれ」とベルマンに頼んだら、なんと、タクシーがストだとの答え。しかしさすがに大型ホテル。ハイヤーがたくさん待っていたので無事に空港へ。一昨日泊ったフィレンツェのホテルだったらどうなったことかと思った。フィレンツェのホテルについての話などは番外編その2で。

(青柳 飛) 1・29・2014

ミラノ

最終日のミラノは大きなシティホテル。昨日もホテルに着いたのは深夜零時近かったのに、朝食も無事すませて8時半過ぎに全員空港へ向かうバスへ。ローマからミラノまで元気なガイドぶりを見せてくれた森さん、この後ロンドン経由で帰国する私が手を振る中を日本代表団は無事、帰国の途へ。長旅、かつ毎日あちこちへ移動する日程で皆さん、お疲れだったとは思うが、怪我人、病人もなくツアーは全日程を終了。皆さん、お疲れ様でした!

25日の朝日新聞の夕刊にロンバイEU大統領が「俳句をユネスコ無形遺産にする運動を支援する」という記事も載ったそうで、今回のツアーが俳句の国際化に大きく貢献した気がする。個人的にも天為以外のいろんな方とお友達になれて俳句は人の輪を広げてくれることを痛感。楽しい旅でした!

 

(青柳  飛)  1・29・2014

フィレンツェ  

062昨日のワイナリーでの懇談が予定より長くなりホテルに着いたのは11時を回っていたにも関わらず、皆さん元気に8時半からフィレンツェ観光へ。まず徒歩でフィッツェ美術館へ向かい、ガイドさんの説明を聞きながら最後まで回る組と途中でマーケットなど美術館以外を探索する組とに分かれる。メジチ家の力を誇示するごとくに並ぶダビンチ、ミケランジェロなどの作品がたくさん並ぶ。私たちもガイドさんの後をぞろぞろついて歩く団体さんではあったが、同じような日本人のグループが3つほど、韓国のグループや中国のグループも回っていて、普通に美術品を一人で楽しみたい人はちょいと大変かも、などとも思ったりはした。

佳久子さん、洋さん吟行中082

12時少し過ぎからホテルの近くで胃に優しい野菜スープから始まるランチ。ランチ後は再びバスに揺られて子規のレリーフのあるレストランへ向けて出発。

088車窓の外が突然の雪景色。山越えしているんだな、と感じる。

フィレンツェから4時間ほど子規のレリーフのあるロカンダレストラン近郊へ到着。左右前後ワイン用の葡萄畑が続くなか、こんな所に立派なレストランがあるの?という感じの道をやや迷いながら到着。レリーフというより子規の「雲ひとつ今宵の月のひとつかな」のイタリア語訳が彫られた立派句碑。アペリティフをいただいたパティオ風な一角には四方を囲むガラスに一茶、蛇笏、草田男の句に日本語とイタリア語訳が刻まれている。日本文化に興味があるオーナーのアレッシオ・ザッティサンが芭蕉から金子兜太までさまざまな俳句をイタリア語に訳して紹介しているHaikuというアンソロジーから好きな作品を選んだのだそうだ。

お食事の最中に2句出しで句会も行い、9時過ぎまで今回の最後のディナーを満喫。

(青柳 飛)  1・29・2014

ローマ  その2  ローマからHAIKUワインのワイナリーへ

雨模様のローマ。本日パリ経由で日本に帰られる先生以下、7時半にはバチカンへの観光へ出発。私は昨日バチカンを見てしまったし、どうしてもコロセウムを見ておきたかったのでランチまで別行動。

ランチはホテル近くのレストランでランチ。昨日のイベントにいらしていたダニエラさんが彼女の小学生俳句プログラムに関してさらに木内先生、中西先生とお話しするために参加。1時間ほどのランチを楽しんだ後、どしゃぶりの中、ローマを後に「Haiku」どいうワインを造っているフィレンツェ近郊せーナのワイナリーへ。4時間ほどの道のりだったが、昼間のワインでイイ気分になってしまった人(私+数名?)、朝早くからで疲れてしまった人など、ほぼ皆さん爆睡状態で移動。

13世紀に作られた屋敷を17世紀に改修してワイナリーにしたというCastello di Ama(愛の城ですかね?)のオーナー、マルコ・パランティさんと奥様が暖かく迎えてくださる。まず、マルコ氏が2000年から始めたという美術プロジェクトを見せていただく。ワイン倉に1年に一人づつ世界のアーチストを招いて作品を作ってもらうというもので、唯一の条件が「この場所、このワイン倉から感じたものを表現すること」。マルコさんがHAIKUというワインと作り始めた理由は日本文化に興味があったこと、ワイン作りと俳句を作るときの精神が似ていると思ったからだと説明してくださる。俳句と同じに簡単に味わえ、しかも奥深さを秘めたワインを造りたかったそうだ。ちなみに2014年のアーチストはスギモト・ヒロシさんという日本人彫刻家だそうだ。

デザートワインも含めて5種類のワインを試飲させていただきながら豪華なお食事。

マルコさんが日本での句会のやり方に興味があるということで、ワイナリーに到着してからの時間、この場所を詠むというテーマでデザートまでに2句出し。互選はせず西村和子先生に短冊で選をしていただくという形式を取った。私の即興の英訳で入選句のみをマルコさんにお伝えしたが、綺麗なイメージ、今という時間を見事に織り込んだ句が出てくる度にイタリア人らしくベリシッマ!(サイコー!)を連発。全員が今日のメニューの裏に1句ずつ俳句を残して帰路に着く。

和子先生の句      春を待つ夜の香りのワイン干し

ミニ句会での和子先生 「特選・天」の句は天為の宮川ルツ子さんのお嫁さん(ご長男の奥様)の陽子さんの句

オーナーの瞳輝く冬の城     陽子

「僕の妻の美しい瞳のことだね!」とマルコさん大ご満足!

参加者全員にHAIKUワインと美術プロジェクトの本がお土産として配られる。トスカーナ地方にはワイナリーがたくさんあるが、マルコさんは「自分にしか出来ないワイン、この土地の気持ちがこもったワインを作り続けたい」とおっしゃった。奥様のお父さんもワインメーカーだったそうで、何代もこの精神を引き続けていきたいとも考えておられ、伝統を守りつつも常に新しいものに挑戦する気持ちを忘れずにいたい俳人と通じるものがあると感じた。

(通訳に忙しくて写真を撮らなかったので、後日、写真を足します)

(青柳  飛)  1・28・2014

ローマ その1   日本文化会館でのイベント

アムステルダムから先生以下日本の代表団の一行は無事にローマへ到着。飛行機の遅延という事態も鑑みて着物部隊は全員着物姿でホテル入り。空港や機内では目だったろうなあ。一晩早くローマへ到着した私は皆さんを待つ間、バチカンなどを見学。

旅行社手配のお弁当(沢庵とかが入っているまさに日本のお弁当)を部屋ですませて今夜のイベント会場の日本文化会館へ出発。

003肝心の公式イベントになるとカメラの調子が悪くなり上手く写真が撮れなかったけれど、会場の椅子が足りなくなり、立ち見や床に腰をおろす人たちもたくさん。200人近い人が集まる大盛況。写真は長蛇の列を作り受付をするローマっ子たち。004

005日本文化会館会長松永氏のご挨拶のあと、日本大使館の駐伊大使の挨拶。次に1980年代に内田大使の肝いりで始まったイタリア俳句友の会代表カーラ・ヴァジオ女史からのご挨拶。イタリア語と日本語の逐次通訳が入っていたのに通訳の存在をつい忘れてしゃべってしまう女史に苦笑

その後、有馬先生から文化、自然、芸術のシンメトリー(対象性)についての基調講演。ヨーロッパはダビンチの「最後の晩餐」やケルンの大聖堂など対象性を重視するが、中国では唐の時代辺りから特に絵画に関して対象性が薄れてきたこと、日本では東京都庁のデザインや仏像などには対象性が見られるものの、物理学における反物質破壊があっても良いことを自発的対象性の破壊(だったかな?)でノーベル賞を受賞した学者たちが唱えているように対象性はそれほど重んじられていないと説明なさった。

一番面白かったのは馬の話。「ひどくお腹をすかせた馬ために対象性のある飼い葉を与えました。さて、馬はどうなるでしょう」という禅問答のような質問に、ヨーロッパ人は「全く同じ場所に同じ量だけある飼い葉のどちらを食べてよいかわからないので飢え死にする」と答えるそうだ。会場の人々も大爆笑。

ヨーロッパではシンメトリーが重んじられるが、中国は必ずしもシンメトリーを重視してはいないこと、日本ではさらにその傾向が強く、寺院の庭園など文化的なものだけでなく物理のような抽象的な学問にもその影響が強く見られるという物理学者でもある先生ならではの結論を披露された。しかしシンメトリーを重視するイタリア人もそうではない日本人も共に俳句を通じてさまざまな発見が出来るとしめくくられた。

続いてローマ在住50年以上というイタリア俳句友の会の野尻さんから「イタリア語は日本語のように母音、子音がはっきりしているためイタリア語の俳句は5,7,5の形態を取り、言語的にも定型が適している」というお話があった。ブリュッセルで発表されたベルギー、フランス、ドイツ、イギリスなどの違いが明らかになった。ちなみに英語も5,7,5のシラブルにすると短歌並みの長さになってしまうので、シラブルを重視する人は少ない。

最後に長年小学校で俳句を教えているイタリア俳句友の会のダニエラ・コスタンツィ女史から小学生の俳句の紹介、入賞者の発表がある。スピーチの後の茶話会にも元教え子ちがたくさん出席。ダニエラさんが俳句を教え始めたのは生徒たちから「やってみたい」という希望があったからだというイタリア俳句の将来は明るいな、と感じたりもした。

014華やかなお鮨が並んだ茶話会では、イタリア人たちと日本代表団が各所で和気藹々と話す姿が見られ、大変に盛り上がった一夜でした。

(青柳 飛)    1・27・2014